衆議院・外務委員会質疑録
1997年5月14日

逢沢委員長 
 次に、丸谷佳織君。

丸谷佳織
 新進党の丸谷佳織です。
 三十五分という短い時間なんですが、精いっぱい質問をさせていただきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 さて、外務大臣、ペルー大使公邸占拠・人質事件解決に向けて長期にわたっての御尽力、本当に御苦労さまでした。今、島委員の方からも質問が若干ございましたので、重複を避けまして二、三お伺いしたいと思います。
 当委員会でも数回にわたりましてこのペルー占拠事件のことについての質疑がなされていますが、大臣の御答弁の中に、人質になられている方々の全員の無事解放に向けて御努力されている最中ということを考慮されて、発言を控えていらっしゃった事柄もあったというふうに存じております。
 当委員会三月二十一日、東委員が、この事件が起きたとき、日本政府は、テロには屈しないというスタンスをとらずに、あくまでも平和的解決という言葉しか使わなかったのではないかという趣旨の質問をいたしました。これに対しまして大臣は、いろいろと反省点はあるが、細部にわたって議論することは、現に過程にある解決への努力への影響もあることを念頭に置かなければならないというふうに御答弁をされています。事件が解決しました今、大臣がおっしゃったいろいろな反省点というのを改めてお伺いします。

池田国務大臣
 文字どおり、今外務省に調査委員会をつくりまして、事件が発生いたしましてからの経過、それからまた事件が発生する前の警備体制あるいは情報収集のあり方等々につきまして、いろいろ調査を進めているところでございます。
 外務省といたしましては、基本的にこれまでもこのような緊急の事態が起こらないように留意をしてきたつもりでございますし、それなりの対策もしてきたつもりでございます。しかし、結果としてこれだけ大きな事件が起きたわけでございますから、やはりそこに反省すべきところがあったに違いないということで、今、青木大使を含めまして、ペルーの大使館、あるいは人質だった方々からもこれからもお話を聞かなくてはいけないと思いますが、事情の聴取に努めておるところでございます。
 なぜ起きたか、情報収集に遺憾なかったかとかあるいは公邸の警備の体制、これは施設面でも、あるいは人的な面でも、機器の面でも、遺漏があったかなかったか。それからまた、あのような行事をあの時点であのような形で行うことがどうであったか等々、今鋭意調査を進めているところでございます。

丸谷佳織
 では、調査委員でまとめられた総括的な反省点ではなく、外務大臣としての三月二十一日の時点で考えていらっしゃった反省点というのをお伺いすることはできますでしょうか。

池田国務大臣 
 私としてというよりも、要するにこのような事件が起きたわけでございますので、これがなぜこんな事件を回避することができなかったのか、あるいは起きたのはどういう事情があるのか。そして、将来に向かって再発を防止するにはどうしたらいいか。
 そういう観点から、あらゆる角度から今検討し、そうしてまた対策を強化しようとしているところでございますので、今その中の一部だけを断片的に引き出して、私はこれが一番の原因であったと思いますなどと申しますと、かえってこれからの調査、そうして対策立案に場合によってはバイアスを、ゆがみをもたらすおそれもあるかと思いますので、ひとつ調査委員会の結果をお待ちいただければと思います。

丸谷佳織
 では、日本政府は、昭和五十三年に決定されましたハイジャック等に対する対処方針及び昨年のG7で合意されましたテロに対する対処方針等に基づきまして今回のテロ事件に対応されたというふうに認識をしておりますが、テロには決して屈しないと同時に、人質全員の無事解放に向けて御努力をされて、大臣の発言の中では、三カ月を過ぎた時点で、解決の方策としまして第三国の協力も得られるような状況が開けてきた、その中で何とか解決の道を確実に見出して、もしそれができない場合には何をすべきか、この三月の時点では、議論すべき段階ではないというふうにおっしゃっています。
 第三国の協力を得ての平和的な解決方法を一つの方法としてお考えになっていたときから四月二十二日、公邸に強行突入するまでの間に、いろいろな状況の変化があったというふうにも存じております。四月十一日には、保証人委員会とMRTA側が十七日ぶりに個別協議を行っています。これは大臣がおっしゃっていました第三国の協力を得ての平和的な解決から見まして、よい方向に向かったというふうに思いますが、一方、二十日にはセルバが医師の公邸入りを週一回に制限するように要求すもなどと、いろいろな状況の変化があったと思います。
 第三国の協力を得ての平和的解決はどの時点まで考えていらっしゃったのか、また、それができなかった場合にはどういうふうに対応するかということをどの時点で御議論されたのかお伺いします。

池田国務大臣 
 私どもは、事件発生以来、ペルー政府と連携をとりましてこの事件の解決に努力してきたわけでございますが、その際の基本方針というのは、テロリズムに屈しないという、い
わゆるノーコンセッションの原則というのが一つございます。しかし、目的はあくまでも人質の全員無事の解放、これを実現しなくてはいけないわけでございます。そうして、それを平和的な手法で、極力実力を行使することなくできないか、その道を追求したわけでございます。
 しかしながら、それでは実力の行使というのをはなから一〇〇%否定しておったかといいますと、それはそうではございません。これは、例えばトロントにおける橋本総理とフジモリ大統領との話の中でも、あくまで平和的な道を追求していく、しかしながら、人質の身に危害が及ぶというようなことになれば実力行使という可能性も排除できないのだ、こういうことが一つあった、そういうことでございます。
 それで、平和的な手法で解決するということでいろいろな工夫をしてまいりました。それは、保証人委員会のいろいろな対話であるとか、あるいは個別のいろいろな折衝であるとか、いろいろなプロセスの中で模索してまいりましたのは、要するにテロには屈しないということでございますから、まず第一の事件解決の当事者であるペルー政府の立場からいえば、もう法によって裁かれ収監されている犯罪人を無原則に釈放することはできないということは、フジモリ大統領も非常に強く主張されていたわけでございます。そういったことはある。
 しかしながら、テロリストの方の姿勢、態度の変化を何かもたらすことはできないか。それはテロリスト自身が自分たちの主張していることの不当さを認識し、あるいは自分たちの要求が通るということの非現実さを認識して姿勢を変えるというのが一番なのでございますけれども、それをもたらすためにはいろいろなことがあり得るだろう。
 そういったことの中の一つとして、既に法で裁かれて収監されている囚人ではなくて、今回の事件を起こした人間自身、そういった者のこれからの身をどうするかという話で、その選択肢の一つとして第三国への出国ということも考えられた。そして、もしそういうことについてテロリストもそれでいいと言い、またペルー政府もそれをやむを得ないとした場合に、受け入れる国があるだろうかどうだろうかということで、御承知のとおり高村政務次官にも総理特使として飛んでいただきまして、いろいろな作業をしてもらった、こんなこともあるわけでございます。
 そういうふうな努力をしてきたわけでございますけれども、結果的には四カ月を超える長期の拘禁状態が続き、先ほど申しましたようないろいろな状況についてのテロリストとの間のやりとりがございましたけれども、依然として最終的に道が開けてこないという中で、もうこのあたりに参りますと、人質の方々も、心身の状態からいっても非常に難しい、限界に近い状況に来ているという感想も随分あったわけでございますね。
 それからまた、一方においては、テロリスト側の平生の態勢といいましょうかどの程度の緊張状態でいるか、注意しているかというような状況も子細に見ながら、やはりこのあたりで、やむを得ないことではあるけれども、実力を行使しなくてはいけない、そのことが人質の全員無事救出という、解放という目的を達成することに最も有効であるという現場の最高指揮をとっておられるフジモリ大統領の判断があって、あのような決着を見たということでございます。
 そういった意味で、極力実力の行使は避けてということでございましたから、最終的な解決の手法は違いましたけれども、目的とするところは、基本的に、とうとい犠牲はございましたけれども、おおむね達成されたということでございますし、また、実力の行使を極力避けていくということをずっと言い続けておったということが、同じ実力行使をするにしても、周到な上にも周到な準備をし、また非常に機微な状況の中でタイミングをきちんととらえてやったということが、あのような人質の大多数の方の救出につながったのだと思っておりますので、平和的解決を追求していたということはそれなりの意味があった。あのような違う手法ではあるけれども、このような結果をもたらす基礎を形成したということだと思います。
 これは、日本政府だけではなくて、保証人委員会の方々の御努力というものも、そういった意味で、今回の決着を図る上で非常に大きな力になったと考えております。

丸谷佳織
 では、四月二十二日の時点では、テロリストに対して、第三国の協力を得ての対策というのはもうお考えにはなっていらっしゃらなかったという理解でよろしいでしょうか。

池田国務大臣 
 いや、その時点におきましても決してその選択肢を放棄したわけじゃございません。やはり第三国への出国という一つの選択肢が存在した。しかし、そのほかにもいろいろな、要するにノーコンセッションの原則を大切にしながら、しかしいろいろ犯人側の態度の変化を誘い得るようなものは、周辺的なものはいろいろあったわけでございますので、そういうことはどうかということで、まだその道も追求する姿勢にはあったわけでございます。しかし一方において、これも非常に難しいところであるので、ほかの、実力を使う選択肢もペルー政府としては準備しておられた。
 そして、こちらが非常に難しい状況になっているし、一方で、実力行使については相当程度の成功の確信が持てたということ。これは先ほど言いました、テロリストの犯人側の油断を誘って、サッカーをやっておるなんという状況も含めてでございますが、いろいろな状況の中でこの道をということで、最終的にはフジモリ大統領が選択された、こういうことでございます。
 こちらも決して完全に捨て去ったということではなかったと思います。こちらと申しますのは、第三国への出国を前提とした選択肢でございますね。

丸谷佳織
 今後、今も行われていますが、調査委員会で包括的な話し合いはなされていくと思いますけれども、青木大使が辞任を希望されて、それを外務大臣が受領したということに関しまして質問させていただきたいのです。
 いろいろとマスコミにも大使のことについて書かれまして、御自分が責任を感じられて辞任を御決意されたというのは、心理的にはわかるのですけれども、一国の公人である大使が辞任をする、それを外務省が認めるということは、今責任問題も含めまして調査委員会で話し合いがなされている中、先ほど六月中旬に結論が出る予定だというふうにおっしゃったかと思うのですけれども、その中で、なぜペンディングにせずにこの時点で辞意を受領されたのか、何か根拠があって受領されたと思うのですが、その所見をお伺いします。

池田国務大臣 
 昨日の参議院の外務委員会の場で参考人として出席されました青木大使御自身が述べられました心情というものがございます。その心情も酌みました。そしてまた、いろいろな観点からこの問題は考えなくてはいけません。私もいろいろな観点から熟慮に熟慮を重ねまして、この際、青木大使には在ペルー大使としての任は離れていただく、ペルー駐箚は解く、こういうことにしようと決めさせていただいたわけでございます。

丸谷佳織
 あえて、六月中旬に結論が、責任の所在がはっきりするまでペンディングになさらなかった理由といいますのは、今おっしゃいました大使の心情を考えてということでよろしいですか

池田国務大臣 
 国会の中にも、あるいは世間にもいろいろな御意見がございました。また、それぞれの段階におきまして、同じ方が全く別の角度からの御意見を言われたこともございました。また、国会の中でも一つの党派で全く同じではない、全く逆の御意見が出るということもございました。それほどこの問題について、どう対応したかいろいろな見方があり得るんだと思います。
 そういった中で、やはり青木大使の心情も酌まなくてはいけない、あるいは大使の心身の状態も配慮しなくてはいけない、あるいはペルー大使館の機能をどうするかというのも考えなくてはいけない、あるいはペルーの方では青木大使の留任を歓迎するという意向が表明されたとしても、一体、その状況の中で引き続きお仕事をされる場合にどうなんだろうかと、当然考えなくてはいけないんじゃないでしょうか。
 だから、そういったことで、いろいろな面から、いろいろな観点から熟慮に熟慮を重ねまして、ペルー大使の職を離れていただく、こういうことにさせていただいたわけでございます。したがいまして、先ほど申し上げましたけれども、責任、したがって解職といったような直接的な、また、それだけの判断ではございません。

丸谷佳織
 御答弁ありがとうございます。
 では、ペルー事件に関しましては最後の質問をさせていただきたいのですが、今後のことについてお伺いします。
 昭和五十三年のハイジャック等に対する対処方針には、テロに対抗するための原則は明記してあるのですが、その原則を実行するための手段は記述されておりません。冷戦が崩壊した今、欧米各国の安全保障の主要課題は、個別地域の民族紛争への対処、それに付随する形でのテロ、ゲリラ対策となっております。
 以上のことを踏まえまして、この政府方針の見直し、また新たな政府方針の打ち出しが必要だと思われますが、大臣の見解をお伺いします。

池田国務大臣 
 御指摘の五十三年の政府の方針が決まりまして以後も、国際社会におきましても、例えばG7の場等におきまして何度もテロ対策が話し合われ、そしてノーコンセッションの原則に基づき協力していこうということが確認されると同時に、またテロ対策を充実する方途についてもいろいろ話し合われてきたところでございます。そして、日本もそれに参加してまいりました。
 そういったことも踏まえながら、日本としても考えなくてはいけない。そしてまた、今回の大きな事件の教訓も踏まえなくてはなりません。また、これ以外にも我が国の国民がテロの対象になった事件もございます。そういった経験も踏まえながら、今後とも対策の充実を図ってまいりたい、こう考える次第でございます。

丸谷佳織
 どうもありがとうございました。
 では、所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府と南アフリカ共和国政府との間の条約に関する質問をさせていただきます。
 南アフリカといいますと、ことしの二月四日に、一切の差別を禁じました世界で最もリベラルな憲法の一つというふうに言われています新憲法が発効しております。この新憲法によりまして、法律上アパルトヘイトは完全に過去のものとなったわけなんですが、実際に、全人口の七六%を占める黒人と、一三%にすぎない白人、そして九%のカラードが共存する南アフリカにおきまして、本当の意味での人種融和までには時間がかかるのかもしれません。
 報道によりますと、南アフリカのヨハネスブルク中心で、三月十二日午後、与党のアフリカ民族会議、ANCと対立する議会の第三勢力インカタ自由党、IFP支持のズールー族のデモ隊と警官隊が銃撃戦を展開、少なくとも十二人が負傷、またデモ隊は同日の朝、郊外の黒人居住地区ソウェトなどでも発砲事件を起こし、二人が死亡したという記事が載っております。
 ANCもIFPもともに黒人を主体とする政党であり、南アフリカには人種対立のほかにも部族対立も厳然として存在し、このことが南アフリカの将来に暗い影を落とさなければよいと思うのですが、南アフリカにおきます人種対立及び部族対立の現状についてお伺いします。

登政府委員 
 お答えいたします。
 今御指摘いただきました事件は、ことしの三月にヨハネスブルクで起きましたデモにおける発砲事件でございます。このデモは現在与党の一部になっておりますインカタ自由党、これはズールー族が主体でございますけれども、これが三年前に起きましたデモ発砲事件に対する追悼ということでデモを行ったわけでございますが、その際に、またデモ隊の方から発砲がございまして、それの結果、何人かの負傷者がヨハネスブルクで出まして、また地方では、ごく少数ですけれども犠牲者も出ております。
 既に御指摘がございましたけれども、まだ国民和解制度ができてから間もない南アフリカでございますので、このような形で部族の対立が多少残っていることは事実でございますけれども、現在、南アフリカは、マンデラ大統領の指導のもとに国民和解路線を強力に進めておりまして、政情は大変安定した方向に向かっていると言えると思います。
 さらに、このマンデラ政権は、国民融和の実現、それから黒人を中心といたします貧困層の救済ということに重点的に取り組んでおりますとともに、新政権における主要な政策の柱として、民主主義の定着あるいは人権擁護のための文化の形成ということを掲げておりまして、この結果、南アにおいては、一時、多少ございましたけれども、人権侵害というのは大幅に解消されておりまして、現在ではアフリカにおきましても最も人権尊重が進んでいる国の一つだというふうに私どもは理解しております。

丸谷佳織
 ありがとうございました。
 今おっしゃいましたように、南アフリカが国際社会に復帰できた背景というのは、マンデラ大統領の強い求心力に負うところが大変大きいと思います。が、九九年の四月までのマンデラ大統領任期後、ポスト・マンデラを考えた場合なんですが、同国が不安定化する懸念も決してぬぐい切れません。しかし、両国の関係を長期的に見ていくとき、大切になってくるのは、新世紀を担っていく若者の育成だと思います。
 そこで、中曽根内閣が打ち出しましたアジア青年招聘計画のように、日本の若者が南アフリカへ行き、また南アフリカの若者を日本に迎えて、国の実情ですとか文化を学んでいただくようなプランが実現すれば、両国の友好関係の土台づくりになるというふうに思いますが、外務大臣はこの提案についてどのようなお考えですか、お伺いします。

池田国務大臣 
 老いも若きも大切でございます。が、しかし、おっしゃるように、やはりその国の、そして地球社会のあすを担う若者というものは大切にしなくてはいけませんし、そういった方々と我が国との交流というものは非常に重要であると思っております。文化交流あるいはその他のいろいろなプログラムを通じまして交流を進めてまいりたい、こう考える次第でございます。

丸谷佳織
 経済の交流とともに文化の交流、人間同士の交流というのがやはり大変大切になってくると思いますので、前向きに努力されていただきたいと思います。
 次に、本条約の第二十五条についてお伺いしたいと思いますが、租税に関する脱税を防止するため情報を交換するという記述がございますが、これは具体的にどのような方法で情報の交換を行っているのか、お伺いします。

下村説明員 
 お答え申し上げます。
 私ども国税庁では、租税条約に基づきまして、条約締結国と情報交換をいたしてございます。その中身は、利子配当等の支払いに関します自動的情報交換、それからあとは、個別的に税務当局が相手国税務当局に事実関係の確認をお願いいたします個別的情報交換、それからもう一つは、一方の税務当局が自発的に、こういう情報がありますというのを相手国税務当局にお知らせする自発的情報交換というのがございますが、この三つの形態で情報交換を活用させていただいてございます。

丸谷佳織
 従来から我が国は、租税条約の主な目的の一つであります脱税防止の観点から、条約
の相手国またはそのほかの国に対しまして調査官の相互派遣を行っているというふうに認識しておりますが、この認識は正しいでしょうか。

下村説明員 
 お答え申し上げます。
 国際取引事案の調査に当たりましては、取引先が海外に所在するなど、国際取引を利用した租税回避等を的確に把握することが困難でありますことから、租税条約等に基づく情報交換や調査官の海外派遣等の実施により、適正な課税の実現に努力しているところでございます。

丸谷佳織
 では、現在の調査官の派遣及び受け入れの実績をお伺いします。

下村説明員 
 お答え申し上げます。
 調査官の海外派遣につきましては、海外における企業実態を解明する有効な手段でありますことから、年間二百名程度の調査官を派遣しているところでございます。

丸谷佳織
 現在、毎年二百人程度の規模の派遣が行われているということなんですが、国際化に伴いまして企業の海外進出が進む中、さらなる調査官の派遣が必要と思われます。派遣しています国の数を考え合わせた上で、この規模で適正な調査が行えるのかどうか、政府の見解をお伺いします。

下村説明員 
 国際取引事案の調査に当たりましては、取引先が海外に所在するなど、国際取引を利用した租税回避等を的確に把握することが困難でありますことから、租税条約に基づく情報交換や調査官の海外派遣等を実施いたしますとともに、新たな調査手法の開発にも努め、適正な課税の実現に努力しているところでございます。
 また、国際取引に関する調査体制につきましては、国税庁に国際調査管理官、国税局に国際調査課、国際情報課の設置、税務署に国際調査情報官の配置等の機構の整備、それから税務大学校におきます国際租税セミナー及び各国税局における各種研修などによる人材の育成などにより、充実に努めていただくところでございます。
 今後、我が国経済の国際化の進展により、海外取引は量的に拡大するとともに、その内容もより一層複雑となることが予想されますことから、適正公平な課税の実現のため、必要に応じ、調査官派遣の一層の拡大等を含め、国際課税の執行体制の一層の充実に努めてまいる所存でございます。

丸谷佳織
 どうもありがとうございました。
 では、経済的にも大変重要な関係を築いています日米の間でも日米租税条約は締結されておりますが、報道によりますと、日米間で二十年以上続いてきました調査官の派遣、例えば米国の内国歳入庁の係官が、米国企業に対する調査の一環としまして日本に出向きまして裏づけ調査をしてきたわけなんですが、現在、この調査官の派遣が途絶えている。この調査官派遣中断の背景には、日本側が米国からの調査官派遣の申し出を留保しているというふうに報道にありますが、現状についてお伺いします。

下村説明員 
 お答え申し上げます。
 今先生が御指摘ありました内容の新聞報道が行われましたことは私ども承知してございますが、相手国との関係もございますので、答弁は差し控えさせていただきたいと思います。
 日米税務当局間では、これまでも租税条約上の情報交換、各種国際会議の場での意見交換等を通じて、緊密な協力関係が築かれてございます。日米税務当局間の問題は、これまで築かれてきた協力関係の中で十分に話し合いを行うことにより解決されるものと考えているところでございます。

丸谷佳織
 私が言うまでもなく、日本とアメリカは最も緊密な経済関係を有しまして、調査官の相互派遣が途絶えているということは、我が国の国益を損なうおそれがあるのではないかと危惧をしての質問なんですが、国会の場で審議できないとおっしゃるのであれば仕方ありませんが、租税条約は、二重課税の回避及び脱税の防止のためという目的におきまして大変大切な条約だと思います。
 この質問を考えるときに、お答えいただけない部分もあるということで大変苦労をしたのですが、これは外交上の問題でお答えできないのか政策上の問題でお答えできないのかちょっと今わからなかったのですが、外務大臣はお答えいただけない部分で御苦労されたことはあるでしょうか、教えてください。

池田国務大臣 
 私も必ずしも専門的な知識も有しませんので何とも申せませんけれども、やはり国際的な取引のことでございます。だから、そういった外交的な観点というもののことが皆無とは申しませんけれども、やはり経済的取引に伴う課税の関係をどうするかということでございますので、むしろそちらの方の観点からの配慮でなかなか内容をお答えできないというケースが少なくないのじゃないか、こう考える次第でございます。

丸谷佳織
 ありがとうございました。
 では、時間もなくなりまして、最後の質問をさせていただきたいのですが、過日、当委員会で質問をさせていただきました地中海漁業一般協定は本会議の方でも承認されていますけれども、五月七日、日本国籍のマグロはえ縄漁船がリビア沖で拿捕されました現状について、最後にお伺いします。

登政府委員 
 今お尋ねの件は、去る五月七日に高知県のマグロはえ縄漁船がリビアの沖で操業中にリビアの警備艇と見られる船舶の臨検を受けて拿捕されまして、そのままリビアの軍港に連行されました。
 我が在リビアの大使館といたしましては、直ちに、すなわちその翌日でございますけれども、大使館員を現地に派遣いたしまして、リビア側の治安担当者と面接して、乗組員、日本人十二名、インドネシア人十名全員が無事である、拘束はされたが無事であるということを確認いたしました。さらにその翌々日に、同じく大使館員が、この拘束された船の日本人の船長さんとお会いしまして、全員が無事であるということを確認いたしました。
 その後、この船は軍の取り調べを終えまして警察に引き渡される、それで、別の港に回航されまして、その警察に我が方の大使館員が改めて出向きまして、今度は乗組員全員と面談いたしまして、全員無事であり、生活あるいは食糧その他について特に不便なところはないということでございます。私ども日本政府といたしましては、引き続き乗組員の安全、それからさらに取り調べが順調に行われるように、今後邦人保護の観点からも必要な支援を行っていきたいというふうに考えております。
 それから、拿捕の原因につきましては、リビア側は日本の船がリビアの領海内に許可なく入ったというふうに言っておりますけれども、私どもは今実態の把握に努めておりまして、いずれにしましても、リビア側に対して、この漁船が公正に取り扱われるように申し入れを、今後とも強く行っていきたいというふうに考えております。

丸谷佳織
 どうもありがとうございました。以上で質問を終わります。